大会名 2007えびす・だいこく100kmマラソン(第14回)

 大会詳細

開催日・天候 2007年5月27日(日)・晴
開催地 島根県松江市・出雲市
参加者 桜井、かんじ・・・個人の部
和崎、めたろ〜・・・グループの部
コメント 個人の部にかんじさんと私,グループの部に和崎さんとめたろ〜さんが参加しました。皆さんお疲れ様でした。かんじさんと和崎さんは帰りの車の運転有り難うございました。
前日は山口を7時前に出発,六日市インターでかんじさんと,また,三次市でめたろ〜さんと合流して出雲大社に着きました。所要時間は山口から正味3時間30分位です。
それから私以外は登山,下山後はスタート地点の美保関で受付,境港で温泉に入り食材の買い物をして,地蔵崎で今年第1回目のエリンギを行いました。着火のライターを忘れたので次回要注意です。乾杯は当然YEBISUです。お腹がいっぱいになって眠ろうとしたのですが,蚊がいたためなかなか眠れませんでした。蚊取りも次回は忘れないようにしないといけません。

翌日は4時起床,気温が高く暑くなりそうな感じでした。個人の部は美保神社を5時30分にスタート,グループの部は6時スタートです。涼しい内に貯金しておきたいため最初は懸命に走りました。
10Kmを56分位,7時頃には暑くなり,20Kmは1時間58分位です。
5Km過ぎからはアップダウンがあり20Km手前の坂では早くも歩いてしまいました。そして15Kmの手前ではグループの部のトップが走り去りました。
22Kmエイドではスイカを4切いただきました。ここでかんじさんが追いついて来ましたが休憩中に先にスタートしました。
28Km位と思いますが1区を走り終えためたろーさんが車で通り過ぎ,その後かんじさんが軽快に抜いていきました。しばらくして和崎さんも抜いていきました。
暑いので帽子の中に濡らしたハンドタオルを入れ,自販機で100円コーラを買って体を冷やしながら,歩いたり走ったりの繰り返しです。上り坂はそんなに長くはないのですが,次から次へと繰り返すので阿蘇よりきついよーに感じました。
54Kmエイドでは和崎さんが車で眠っていました。そこからの林道はやたらに長く感じました。日本海側をかなり進み山を越えたら宍道湖だろうと思ったらまた日本海側に出ています。2〜3回そんなところがあり,最後の山越えはかなりきつい上りでした。
下りを走って69Kmエイドにはめたろーさんが待っていました。9時間を回っていたと思います。ここからは平坦とゆーことですが,歩き中心で走っても歩くくらいしかスピードが出ません。おまけに旧道が続き自動販売機がありません。なんとか辛抱して歩き続けゴールにたどり着きました。
ゴール手前では皆さんが出迎えていました。そして最後はかんじさんに併走してもらってのゴールです。しかし,この走りが少し速すぎたよーでゴール後吐いてしまいました。といっても,途中でバナナ2切れとスイカしか食べていないので,出たのは胃液だけです。おかげで2Kg以上ダイエットに成功です。
ゴールが19時少し前,三次経由で24時には宇部に帰り着きました。

(桜井)

めたろ〜さんと2人でグループの部に参加しました。
 1区 美保神社から高低差62mの峠越え。七類を経て菅浦まで
 2区 島根町に入り、高低差105m、152mの峠道を越えて鹿島町恵曇(えとも)まで
 3区 高低差148mの横手林道を経由して島根半島を縦断。宍道湖湖畔の津乃森まで
 4区 津乃森から旧平田市を経て出雲大社へ。道の駅大社ご縁広場にゴール
の4区間に分け、めたろ〜さんが1区と3区、私が2区と4区を担当しました。
走行距離は概ね和:め=6:4となります。
結果は予想以上の好タイムで、こうなると「今度はグループでサブ10」とか、いろいろ欲がでてきます。
他のチームはもっと速かったというのは、この際問題にしません。

スタート〜第1中継所(約22km、2時間5分)
6:00にグループの部スタート。スタートから約5kmは海沿いの県道(美保神社に通じている唯一の車道)で、ランナーが通過するまでは渋滞が予想されるため、しばらくスタート地点に待機。約40分後に移動開始。車を走らせていても朝の陽射しがまぶしく、暑い。
最初の交代ポイントに予定していた約20km地点の菅浦エイドは、道路が狭いためチームのサポート車の乗り入れができず、めたろ〜さんと連絡を取りながらエイドの少し手前で待機し、来るのを待っていたつもり・・・だったが、お互い土地勘がないため自分が今いる場所を把握できず、完全にすれ違い。ようやくめたろ〜さんを見つけて交代したのは、次のエイドの1km手前、約22km地点だった。

第2中継所〜第3中継所(約32km、3時間20分)
めたろ〜さんからタスキを引き継ぎ、約1kmで噂の朝食エイド「笠浦」に到着。かんじさん絶賛のメカブの味噌汁は、今回普通のワカメの味噌汁だったが、それでも充分おいしい。
この区間は、ほぼ全行程が入り江と岬に沿ってカーブを繰り返す道。高低差は少ないものの小刻みにアップダウン、山に入ったと思うとまた目の前に海が迫ってきたり、景色の変化が目まぐるしい。石見地方の沿岸部も似たような状態なので、個人的には予測しやすいコースだった。
空気が霞んで遠望は全くきかなかったが、コースから望む海の美しさは格別。海辺まで迫った岩壁に寄せる荒波の白さ、目にしみるような海の青さ。
沈みゆく夕陽も眺めてみたいが、今は想像だけにしておこう。
島根県出身ながら、今まで訪れたことのなかった島根町、鹿島町(現在はともに松江市の一部)。国指定名勝にして天然記念物の「加賀の潜戸」は「かがのくけど」というのか・・・ずっと「もぐりと」と読んでいた。鬼の洗濯岩みたいなのがあるなぁ(左画像)と思ったら、呼び名もやっぱり「洗濯岩」。
そして美しい風景の中に建つ島根原発は、そこだけ特撮映画の実物大セットのようで、妙にマッチしているような場違いのような・・・何はともあれ「ご安全に」。
見飽きることのない風景を目で追いながら、途中2ヶ所の大きなアップダウンも気合いで通過。この32kmは結局一度も歩かずに済んだ。
途中で桜井さん(40km付近)とかんじさん(50km手前)を追い越す。2人とも調子悪そう。
恵曇エイドでめたろ〜さんと交代。「足が回復していないので3時間くらいかかるかも。。。」と弱気の発言。貯金は充分あるので無理せずゆっくりと声を掛けて見送った。

第3中継所〜第4中継所(約19km、1時間45分)
結構楽しく走れたものの、起伏の激しい道のりはさすがに体にこたえ、エイドでおにぎりを口にした後は車の中でしばらくうたた寝をしていた。日陰でじっとしていると風が吹いて心地よい。
約30分後、桜井さんがエイドを通過ぎわに車の窓をたたく。かんじさんはかなり調子が悪く、途中で追い越してきたとのこと。それからまた30分くらいうたた寝をした後、エイドを離れた。かんじさんは通過したのかなぁ・・・?
めたろ〜さんの自己申告によれば、次の中継まで3時間とのことだったが、それは大げさとしても2時間以上は待つことになるだろうと思い、中継所へ行く途中にある道の駅「秋鹿なぎさ公園」で時間をつぶすことにした。と同時に、お腹が空いてきたので途中のコンビニで弁当を買った。
買い物をしている間にめたろ〜さんから電話があったらしく、着信記録が残っていた。(かなり苦戦してるのかな)と思いながら道の駅に車を停めて電話してみると「残りあと数kmまで来た」とのこと。速い!まだ1時間30分くらいなのに・・・
あわてて弁当をかき込んで津乃森エイドに行くと、ちょうどめたろ〜さんがやって来るところだった。絶妙のタイミングでタスキをもらい、エイドのシジミ汁を1杯いただいて最後の区間へ。

第4中継所〜ゴール(約27km、3時間30分)
津乃森エイドは75km地点だと思いこんでいたが、あとでコース図をよく見るとだいたい73kmくらい。エイドを出て2kmくらいの路上に「75km」のペイントを見て、ガックリ・・・全部で27kmかぁ。
最後の区間は、宍道湖畔から旧平田市(出雲弁では"ふらた")の市街地を経由して出雲大社に至る、広大な出雲平野横断コース。ほぼフラットで、大の苦手とする「見通しの良すぎる道」だが、遠くが霞んでほとんど見えないため、あまり気にすることなく走ることができた。が、とにかく暑い。交代したのが1時過ぎで太陽が空に高く、路上には立木がほとんどなく、建物の影は短い。空気が乾燥しており蒸し暑くなかったのがせめてもの救いだが、苦しい道のりだった。
コースをまたぐ一畑電鉄の路線を渡った直後に踏切が鳴りはじめた。休みたいのと写真が撮りたいのとで立ち止まって電車が来るのを待った。2両編成でゆったり走ってくる黄色い車両。自転車を押してきたおばちゃんが横に立ち「どっから来たの」と声をかける。このレースのことか自分の住所のことか・・・とりあえず「美保関から来ました」と答えたら「ひぇ〜!」と目を丸くしていた。「山口から来ました」なんて言ったら腰を抜かしていたかも・・・?
2区ではマイナス22kmのハンデを生かし、少し勢いの落ちてきた個人の部のランナーを次々抜いていったが、4区では暑さと足の疲れでむしろ抜かれる方が多くなった。人数の多いチームは、平野に入ってからも選手交代し快調に飛ばしてゆくし、プラス41kmのハンデをものともしない個人のランナーにもどんどん抜かれてしまった。
約5kmごとにあるエイドで水ばかりがぶ飲みしていたので、胃の中が次第に波立ちはじめ、ときどき吐き気を催してきた。ゆっくりでも走り続けようと思っていたが、胃のむかつきに耐えかねてついに歩いてしまった。場所は前日に縦走した鼻高山と旅伏山の中間あたり。
2km位とぼとぼ歩いていると、前日の登山開始地点(矢尾峠入口)に差しかかった。ここまで来たらあとわずかだと気を取り直し、走りはじめて数分後にめたろ〜さんの運転する車が脇を通過。助手席で手を振っているのは、かんじさんか?
95kmを過ぎると、それまで5km刻みだった距離表示が1kmごとの表示となる。長い長いカウントダウンだった。99km地点に出雲大社入口の大鳥居。そこから左折するラスト1kmの正面参道は緩やかな下り。いつの間にか陽が落ちて、人気の乏しい商店街に伸びる影が長くなっていた。
かんじさん、めたろ〜さんが待つ大社ご縁広場にゴール!
疲れた足を引きずりつつ、満足感に充ちて島根半島をあとにした。

あ、そういえば出雲大社にお参りしてなかった。

(和崎)
記録
選手名 部  門 タイム 順 位 備  考
桜井 個人の部 13:17:54 102 完走118名
かんじ リタイア  
山口URC山岳部
(和崎・めたろ〜)
グループの部 10:39:21 100 完走109チーム
利用温泉 みなと温泉館(鳥取県境港市)、ホテル出雲(出雲市大社町)
その他 いわゆる「えびす様」の出自には諸説あって、ひとつはイザナギ・イザナミの最初の子「蛭子(ヒルコ)」とする説。不具の子であったため葦の舟で海に流され、摂津の国西宮の浦にたどり着いた。兵庫県西宮市の西宮神社(夷神社)は、全国に約3500社あるといわれる蛭子=エビス神社の総本社として、信仰を集めている。
また一説には、ヒコホホデミノミコト(山幸彦)とされる。兄の海幸彦に借りた釣り針を海でなくしたエピソードや、その後ワタツミ(海神)の力を借りて水を自在に操り、海幸彦を服従させたくだりからの連想だろう。そういえば妻となったワタツミの娘、トヨタマヒメ(祖母山頂に祀られている、神武天皇の祖母)はサメ(ワニ)に姿を変えたこともある。
そして、西宮神社と並ぶえびす様の総本社、美保神社の祭神は「事代主(コトシロヌシ)神」といい、出雲大社に祀られている大国主(オオクニヌシ)大神の息子。
「国譲り」の神話では、アマテラスの使者タケミカヅチに国を譲るよう迫られたオオクニヌシは「美保関で漁をしている息子に聞いてくれ」と答え、コトシロヌシは国譲りを承知したのち、天の逆手を打って(呪詛の仕草)隠れてしまったと伝えている。
このことから「釣り好きの神様」としてえびす様と同一視された。一般にイメージされる釣り竿と鯛を両手に抱えたあの姿は、コトシロヌシがモデルだという。
「えびす・だいこく100kmマラソン」は、島根半島の東西に離れた親子の神様に詣でる巡礼の旅でもあったのですね・・・。