山名/標高 地倉沼(ちくらぬま)
奥山(おくやま)/723m
登山日・天候 2015年11月21日(土)・曇
行程 直地児童館前(09:00)〜四等三角点(09:15)〜地倉峠(09:40)〜地倉権現(09:45-09:55)〜奥山山頂分岐(10:30-10:40)〜鍋山(11:00-11:40)〜奥山山頂分岐(12:00)〜奥山(12:10)〜地倉沼(12:40-12:45)〜直地児童館前(13:20)
地倉沼は青野山の北東,標高600〜700mの山々に囲まれた場所にあり,沼底の標高は約430m,面積は約4万u。数十万年前の火山活動により,現在の地倉沼の北にある地倉山(622m)から噴出した溶岩が谷川をせき止めたことにより生成された堰塞湖で,日本の重要湿地500選のひとつ。また,モリアオガエルの生息地としても知られ,5〜6月の早朝には水辺の木の枝に産卵する様子が観察できる。
津和野町の直地(ただち)から同町(旧・日原)の左鎧(さぶみ)まで通じる中国自然歩道の途中にあり,直地からは約2km,1時間程度の道のりだが,意外に急坂で歩きにくい山道が続いている。周辺は熊やマムシの生息地でもあるので,しっかり準備のうえ入山を。

国道9号線から山口線「青野山駅」方面に入り,橋を渡って左の道へ入ると「中国自然歩道」の大きな案内板がある。
この自然歩道は,津和野町直地(ただち)の青野山駅から旧・日原町の島,左鎧(さぶみ)に続く全長約10kmのコースで,地倉沼までは約2km。
踏切の手前にある標識に従い左に折れ,あぜ道の中に立つ鳥居をくぐる。正面の山が地倉沼を擁する地倉山。地図上は無名。
鉄橋の下をくぐり,少し進むと廃屋の隣に再び赤鳥居。この先は地倉峠まで単調な上りが続く。ガレ気味でやや歩きにくい。
途中の道端には四等三角点が置かれているが,坂道の途中であり特に眺めもない場所で,なぜここに?という感じ。標高は203.3m。
ちなみに,直地の標高は126m,地倉峠は約440mで,この区間には目指す山頂こそないが,その高低差は十分に「山登り」である。
現在,地倉峠までは未舗装の林道が通じており,自然歩道も途中何度かこの林道と交差する。 今回歩いた自然歩道が予想外に急坂で険しかったので,林道を歩いた方が距離は伸びるが楽に歩けたかもしれない。2つの道は地倉峠で合流し,案内板と鳥居の先は車両進入禁止となる。
鳥居を抜けるとすぐに道が左右に分かれる。左は島まで3km,右は地倉権現へ400mとなる。まずは沼を左手に眺めながら地倉権現へ向かう。
赤い鳥居の前で再び道が左右に分かれる。右手の赤い鳥居の先に籠堂,そこから地倉権現まで,つづら折りの参道が続いている。古いガイドブック等を見ると,以前は鎖を手がかりに上っていたらしいが,現在は足下がコンクリートで固められ,しっかりした手すりもつけられている。
地倉権現の祠は上りの終点,大岩の上に鎮座していた。谷をせき止め,地倉沼を作った溶岩の一部だろうか。拝礼して来た道を戻った。
左に続く道は今回は通らなかったが,こちらを辿れば地倉沼の周囲を一周できるらしい。
分岐まで戻り,今度は左の道を行く。次第に上り勾配となり,右手に見えていた沼は次第に下方に沈み見えなくなる。代わって木々の間に青野山が姿を見せるが,見通しが悪く眺めを楽しむまでには至らない。奥山山頂への分岐点となる峠(旧津和野・日原町境)まで,標高差約200mの単調な上りが続く。
自然歩道「散策」くらいの気分で歩いてきたので,直地から奥山分岐峠までの標高差500m以上の上りは普段の登山以上にきつく感じられた。
頂上のベンチで一休みし,まずは鍋山を見るため1.2km先の島まで下ることにした。
峠からは概ね下りとなり,20分ほどで島に到着。ここから左鎧までは舗装路となる。
正面にそびえる鍋山(614m)は,その名のとおり鍋を逆さに伏せたような形の溶岩ドーム。web上の画像(別サイト)でその特異な山容を一望できる。
同じ構図を求めて周囲を歩き回ったが結局見つけられず,足も疲れてきたので引き返した。
峠に戻り,奥山山頂まで往復。目印のテープは出入口くらいしかつけられておらず,踏み跡もあるのかないのか分からない道だが,尾根上をひたすらまっすぐ進んでいけば片道10分ほどで三等三角点の立つ山頂に到着する。山頂手前が急斜面となっているので注意。
1996年発行,2000年改訂第2版の「分県登山ガイド島根県の山」(山と渓谷社)には「展望がよく,青野山,高岳山,弟見山などが望める」とあるが,2015年現在,周囲は木に囲まれて展望は全くない。すぐに峠へ引き返し,そのまま地倉沼へ下った。
下山の前に,地倉沼のほとりを少し歩いてみた。秋から冬にかけては水が涸れ一面の草原となることが多いとのことだが,先週降り続いた雨の影響か,沼はまだ多くの水をたたえ,先ほど登ってきた奥山を水面に逆さに写していた。