| 山名/標高 |
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| 登山日・天候 | 2004年3月19日(金)・晴 |
| 行程 | 錦帯橋駐車場(09:40)〜椎尾八幡宮(09:50)〜山頂(10:20)〜(折り返し)〜椎尾八幡宮(10:55) |
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岩国市と和木町の境界にある山。「万葉集」巻四、太宰少典山口忌寸若麿の歌「周防なる磐国山を越えむ日は手向よくせよ荒しその道」は、この山を詠んだ歌とされ(欽明路峠を指すとの説もある)、南麓に建つ椎尾(しいのお)八幡宮にも、この歌に因んだ言い伝えが残る。 山の足下には国指定の名勝「錦帯橋」が架かる錦川が流れ、城山または岩国山を背景にした優美な五重アーチ橋の姿は多くの人が目にしているが、山頂に天守閣のそびえる城山に比べ、見た目に地味な岩国山は意外にその名を知られていないのではないだろうか。 錦川河川敷(城山側)より、錦帯橋と岩国山。 | |
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渡り初め記念イベントの準備が着々と進む錦川河川敷に車を停め、まずは岩国山登山口のある椎尾八幡宮へ向かった。 |
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文明十二(1480)年、諸国を行脚していた連歌師・宗祇(1421-1502)がこの山に差しかかったところ、神に無礼があったとして、乗っていた馬が倒れて進まなくなった。宗祇が里人に助けを請うたところ、里人は「此の神は人の不浄不敬を殊の外お咎めになるので、神意に背いたことを謝罪して祈りなさい」と答えた。宗祇が神前に額ずき心を込めて祈ると、馬は再び前に進むようになった。 このとき宗祇は万葉の歌をもじり「周防なる磐国山を越えむ日は手向よくせよ荒木楚の神」と詠んだ。以後、この神を荒競の神ともいい、神社の別名を「荒木曽神社」とも称する。
(「椎尾八幡宮縁起」より要約。右画像は登山道脇にあった祠。荒競の神か?) |
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「立入禁止」の看板の隅に小さく「←岩国山へ」の文字。 矢印に従って進むと、道は竹林の中を抜け、葉の落ちて明るい雑木林に出る。 |
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(右)城山と岩国城が枝越しに見える。 |
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(右)登山道の側に大きな反射板と鉄塔が現れたら山頂は間近。 |
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昭和63年発行のガイドブックには、山頂からは瀬戸内や四国の山々、北に西中国山地が望めると紹介されていたが、現在は周囲の木々が伸び、北の眺望はほとんどない。岩国市街や米軍基地の眺望はよい。 |
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(右)西の方、枝越しに岩国城を望む。 少し休んだあと、来た道を折りかえし、錦帯橋を渡って城山登山口へ向かった。 |